9月11日が近づくと、毎年、過去の思い出が鮮明に蘇ります。あの日、世界は大きく変わり、私自身の生活や周囲の人々にも深い影響を与えました。2021年、私はみずほキャピタルマーケッツの犠牲となった同僚や先輩たちの追悼を中心に、彼らとの思い出を綴りました。特に、木下崇さん、合屋裕二さん、川内英哉さんといった、長年、富士銀行のディーリングルームで共に働いた方々との記憶は今も色あせることがありません。

私は還暦を迎えた今年、献花する際、不謹慎かもしれませんが、犠牲となった彼らは、23年前のあの日から時が止まっており、老いることなく、いつまでも若々しい姿のままでいるのだとふと思いました。
昨年、私は「9.11は生きていることの有り難さを教えてくれる日」として、改めて自分自身の命について深く考えました。人生の中で経験した苦しみ、喜び、挫折、挑戦のすべてが、今この瞬間にどれほどの影響を与えているかに気づかされます。9.11という悲劇を目の当たりにし、身近な同僚や先輩を失ったことは、私にとって計り知れない衝撃でした。彼らがどんなに大きな夢や目標を抱いていても、23年前にその夢は途絶えてしまい、彼らはこの世で何も成し遂げることができなくなりました。その事実に触れるたび、「生きること」の意味をこれまで以上に深く考えるようになりました。
あの日以来、毎年9.11が近づくたびに、私は今ここに自分が生きていることに感謝し、その事実に支えられていることを強く感じます。日常の中で、仕事やスケジュールに追われ、生きることの喜びをつい忘れがちです。しかし、9.11はその喜びを私に思い出させてくれるのです。どれほどの困難や苦境に直面しようとも、苦しみや悩みを感じること自体が生きている証であり、それすらも「自分は生きている、生かされている」と感謝すべきことだと思うのです。
ただ「生きていることが幸せだ」と言いたいわけではありません。むしろ、生きているからこそ、私たちには果たすべき役割があり、その役割を全うすることが私たちに与えられた使命であると感じています。過去に経験した痛みや悲しみを通じて、私は自分の使命を再確認し、これからもその役割を果たすために全力で取り組んでいく覚悟を新たにしました。読者の皆さんは時に、目の前の問題に気を取られ、挫けそうになることもあるでしょう。しかし、命がある限り、その一瞬一瞬を大切にし、前向きに生き続けることこそが、私たちが果たすべき最大の責務であり、亡くなった方々への最大の敬意の表し方だと思います。
生きることの価値は、決して当たり前のものではありません。それを感じ、感謝し、そこから何を学び、どう未来に活かすか。この問いに対する答えは、私たち一人ひとりが自らの生き方の中で見つけていくものです。そして、その答えを見つけるためには、日々の生活の中で自分自身の役割を果たし、他者とのつながりを大切にしながら歩み続けることが必要です。
今年、9.11に感じる思いは「未来へのつなぎ」です。これからの社会を生きていく若い世代に、過去の出来事から何を学び、どのように前に進むべきかを伝えることの重要性を強く感じています。私たちが未来に向かうためには、まず過去を忘れないことが大切です。9.11の出来事は、単なる悲劇としてではなく、私たちが何を学び、どのようにして困難を乗り越えてきたかを教えてくれるものであり、その教訓を活かしながら未来に希望を持って進んでいくことこそ、亡くなった方々への最大の敬意の表し方だと信じています。
合掌
過去コラム:
9.11 – kozuka.blog
9.11 生きていることの有り難さ – kozuka.blog
9.11 合掌 – kozuka.blog

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