毎年9月11日は、私、特に旧富士銀行市場部門に在籍していた方々にとっては、特別な日です。
みずほ銀行本店(千代田区大手町1-5-5)、オオテモリにある慰霊碑の隣には、亡くなった(日本人12名を含む)富士銀行スタッフの氏名が刻まれたガラスのモニュメントがあります。
特に、木下崇(キノシタ タカシ)さん、合屋裕二(ゴウヤ ユウジ)さん、川内英哉(カワウチ ヒデヤ)さんは、同じ部で仕事をした先輩、同期でありましたので、30年ほど前、旧富士銀行4階の同じフロア―で仕事をしていた様子がフラッシュバックのように思い出されます。
木下崇さんは、記憶が確かであれば、1978年入行で、私の9つ上の方でした。私が、当時の資金証券営業部で、金融先物取引のセールス部隊を率いていた際、いろいろご配慮いただいた記憶があります。
私は金融先物取引のセールス部隊を引き継いだ際は、市場シェア1%にも満たない、吹けば飛ぶような1業者でしたが、在籍4年の間に、大口顧客(主に外資系金融機関)開拓が奏功し、市場シェアを10%までに引き上げていましたので、まさに急成長というより、爆発的に取引量を増やしていた時期でありました。また、泣かず飛ばずの部隊を金融先物市場でも一目置かれる存在にしたことから、顧客取引で実績を上げているチームには予算をたっぷり付けてあげるべきという思いがあられたようで、私のチームは潤沢な交際費予算を有しておりました。
しかしながら、実際には数社の超大口顧客が取引量を増やしていたので、顧客数が10倍になっていたわけではありませんでした。いわゆる20-80ルール(「上位20%の顧客で売上げの80%を占める」)の通りでしたので、交際費予算があっても、使える先はいつも同じような顧客でしたので、顧客からは「もう少し、違う顧客に使ったら?」と言われる始末でした。
しかも、接待のうち3回に1回くらいは、銀行の接待施設を利用してほしいと言うのですが、銀行の接待施設は、仲居さんがいるような、しゃぶしゃぶや日本料理懐石の施設を使っても、せいぜい一人5,000円程度なので、むしろ、予算を使うのが大変な状況でした。
当時、資金証券営業部の企画チームの次長であった木下崇さんは、私が予算を使う努力も無視して、毎年、どんどん予算を増やしていってくれていたのです(笑)
当時、資金証券部スワップチームの次長をされていて、私の4つ上の先輩である片岡さんは、ある日私のデスクに来られて、「小塚くん、交際費の予算ある?もし、余りそうなら使わせてもらえないかな?」と相談されるので、片岡さんにはスワップの“いろは”から、相場談義まで、言葉では言い表せないほどお世話になっていた先輩でしたので、「もちろん、お使いください」と即答した記憶があります。すると、片岡さんは「木下さんに聞いたら、小塚君のチームが予算多いから、聞いてみて」と言われたそうです。
片岡さんは、富士銀行退職後、2016年頃から3年間は金融庁、金融庁退官後は投資顧問会社の顧問、現在では九州大学の理事までされて、大変ご活躍であると聞いております。
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/university/information/organization/officer/view_20/
現在、私は事業会社の代表を務めており、金融業が本業ではありませんが、私のビジネスマンとしての基礎は、木下さん、合屋さん、片岡さんなど、スーパー優秀な諸先輩のご指導によって築かれたものです。
私たちは9.11を通じて、人と人とのつながりの大切さ、そして命の尊さをあらためて学びました。そして、亡くなった仲間たちの為にも、その教訓を胸に、より良い未来を築いていこうと誓います。
いつか、どこかの場所で再会するその日まで、皆さまの魂が安らかであることを祈ります。そして、私たちは一緒に仕事をした仲間を忘れません。今も、そしてこれからもずっと(合掌)
追記:ご遺族の方をはじめ、OB、OGの方々で、故人のお話をしたい方、是非ご一報ください。
共に語らいましょう!!
kozuka@gmail.com

過去コラム:
9.11 – EK Column (kozuka.blog)
9.11 生きていることの有り難さ – EK Column (kozuka.blog)

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