「円安をどうすれば止められるのか」。
この話になると、日米の金利差や日本銀行の金融政策、貿易収支などが必ず議論されます。もちろん、これらが為替相場に大きな影響を与えていることに異論はありません。
私は経済学者でも為替の専門家でもありませんので、精緻な分析は専門家にお任せしたいと思います。ただ、一人の経営者として、また過去に海外で金融・投資の実務に携わった経験から、以前から感じていることがあります。
それは、
「世界の投資家は、円を買ってまで日本企業に投資したいと思っているだろうか?」
ということです。
世界銀行のデータで日米の上場企業全体の時価総額を比較すると、その違いは鮮明です。

【日米上場企業の時価総額:1996年=100】
日本 100 → 約250
米国 100 → 800超
この30年間、米国からはApple、Microsoft、Amazon、Meta(Facebook)、Google、Tesla、NVIDIAなど、世界中から巨額の投資資金を集める企業が次々と生まれました。
世界には膨大な投資マネーがあります。そのお金は国境を越え、「どの会社が成長するのか」「どこに投資すれば大きなリターンを得られるのか」を常に探しています。
魅力的な米国企業が増え、その企業価値が上昇すれば、世界中から米国市場へ資金が流れ込む。私は、強い企業の存在が、その国の通貨や資産への需要を支える一つの力になると考えています。
では、日本はどうでしょうか。
もちろん素晴らしい企業はたくさんあります。しかし、この30年間に米国の巨大テクノロジー企業のように、世界中の投資家が競って資金を投じ、猛烈な勢いで企業価値を高め続けた企業を、どれだけ生み出すことができたでしょうか。
私はここに「失われた30年」と円安を考える一つのヒントがあると思っています。
円安だから日本企業が弱くなったという側面だけではなく、日本企業が十分な企業価値を創造できなかった結果、日本へ向かう投資マネー、ひいては円に対する需要も十分に生まれなかったのではないか。
もちろん、為替は金利差、金融政策、貿易収支、財政、エネルギー価格など多くの要因によって決まります。これだけで円安を説明するつもりはありません。しかし、長期的な構造問題並びにドル円の需給問題として考える価値はあると思います。
では、なぜ日本から巨大な成長企業が生まれにくいのでしょうか?
私はその理由の一つに、日本の法制度、とりわけ雇用制度の硬直性があると考えています。
企業は生き物です。
成長する事業には人と資金を投入し、将来性がなくなった事業は縮小する。必要なら企業や事業を買収し、不要になれば売却する。10年前に必要だった組織や人材が、10年後にも必要とは限りません。
特に生成AIが猛烈なスピードで仕事そのものを変え始めた現在、その変化はさらに速くなっています。
米国企業を見ていると、この新陳代謝が非常に速い。成長分野では大量に採用する一方、戦略が変われば大規模な人員削減を行う。事業の売却や撤退も珍しくありません。
良い悪いという価値判断は別として、経営という観点では極めて機動的です。
一方、日本では従業員の雇用が手厚く守られてきました。もちろん、働く人やその家族を失業から守ることは重要です。
しかし、ここで一つ考えてみたいことがあります。
雇用を守ることと、労働者を豊かにすることは、本当に同じなのでしょうか。
OECDの公表データを見ると、1992年から2020年までの一人当たり平均賃金は、米国が143.4%、英国が141.5%、韓国が176.3%へ上昇したのに対し、日本は37,483ドルから38,515ドルへ、わずか102.7%にとどまっています。
つまり約30年間、ほとんど増えていません。
【一人当たり平均賃金:1992年=100】

もちろん、日本の賃金停滞を雇用制度だけで説明することはできません。
しかし、企業の競争力と働く人の賃金を別々の問題として考えることにも無理があります。
企業が稼ぐ力を失えば、従業員に支払える賃金にも当然限界があります。
私は、
法制度→企業の新陳代謝→生産性・成長力→企業価値向上→世界からの投資マネー→賃金上昇
という一連のつながりを考える必要があると思っています。
これまで日本では「雇用を守ることが労働者を守ることだ」と考えてきた面があります。
しかし、その結果として企業が変化できず、国際競争力を失い、そこで働く人たちの賃金まで30年間ほとんど上がらなかったとすれば、それは果たして本当に「労働者を守った」と言えるのでしょうか?
私は、ここに「失われた30年」の一つの不幸があるように思います。
会社を守り、雇用を守ろうとするあまり、企業の競争力を弱め、結果としてそこで働く人の豊かさまで失ってしまう。
これでは本末転倒です。
企業を強くすることと、働く人を豊かにすることは、本来、対立するものではありません。
企業が世界で競争し、高い付加価値を生み、利益を上げ、その果実が賃金として働く人へ還元される。この循環を取り戻すことこそ、これからの日本に必要なのではないでしょうか。
「世界中の人が、円を買ってでも投資したい日本企業を、どれだけ生み出せるのか」
そのためには、企業自身の努力だけでなく、企業が変化し、成長し、新陳代謝できる法制度についても議論する必要があります。
強い企業をつくることは、株主だけを豊かにすることではありません。そこで働く人を豊かにし、最終的には日本という国を豊かにすることでもあります。
⇒ これこそ、私が毎年ヨーロッパの小国スイスに訪問するたびに感じることです。
円安是正への道も、実はそこから始まるのではないか。
一人の経営者として、私はそう考えています。

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