先週、亡き父の三十三回忌の法要を執り行いました。父が亡くなったのは、私が三十歳の時でしたので、気が付けば三十年以上の歳月が流れたことになります。
法要の席では、父の思い出話に花が咲きました。年月が経つと記憶は少しずつ薄れていくものですが、それでも家族の中には父との思い出が今も確かに生き続けています。
そんな時間を過ごしながら、改めて感じたことがありました。
それは、「ご先祖様を大切にすることの意味」です。
私は真言宗で得度していることもあり、知人や友人から時々こんな質問を受けます。
「運気を上げるにはどうしたらいいですか?」
「金運を良くするには何をすればいいですか?」
世の中には、「〇〇神社へ行くと良い」「パワースポットへ行くと良い」といった話が数多くあります。もちろん、それらを否定するつもりはありません。
しかし、私自身の考えは少し違います。
運気を上げる最も大切な方法は、自分のご先祖様を敬うことだと思っています。もしご自宅に仏壇があるのであれば、仏壇の前で手を合わせてみてください。
おじいちゃん、おばあちゃん、ご両親など、すでに亡くなられた方のお顔を思い浮かべながら、
「今日も元気でやっています」
と報告するだけでも十分です。
また、仕事や家庭で困ったことがあれば、
「今、こんなことで悩んでいます。どうか力を貸してください」
と語りかけてみるのも良いと思います。以前のコラムでも書きましたが、人は十代さかのぼると約千人のご先祖様がいると言われています。
私たちが今ここに存在しているのは、その誰か一人でも欠けていたら実現しなかった奇跡です。
そう考えると、ご先祖様とのつながりは決して小さなものではありません。
人が亡くなると、残された家族や友人は悲しみます。しかし、その悲しみも時間とともに薄れていきます。
三十三回忌という節目を迎えた父も、日常生活の中で思い出す機会は若い頃に比べれば少なくなりました。
しかし、今回の法要を通じて感じたのは、人は忘れ去られたときに本当にいなくなるのではなく、思い出してもらうことで今も家族の中に生き続けるということです。
だからこそ、時々でいいのでご先祖様を思い出してあげてほしいのです。実家が遠方でお墓参りになかなか行けない方もいるでしょう。
仕事や家庭の事情で、仏壇に手を合わせる機会がない方もいると思います。
しかし私は、場所はそれほど重要ではないと考えています。
ご先祖様は魂の存在です。
自宅でも、職場でも、移動中でも構いません。ふとした時に思い出し、
「元気でやっています」
「こんなことに挑戦しています」
「少し困っているので力を貸してください」
そう語りかけるだけで十分なのです。
実際、私の妹にこんな出来事がありました。
妹は保険営業の仕事をしています。
昨年の夏、月末までに一定額の契約を獲得できなければ退職を迫られるという厳しい状況に置かれていました。
連日の猛暑の中、妹は「お墓参りに行ってくる」と母に話したそうです。
母は、
「こんな暑い日にお墓になんて行かなくていいよ」
と言ったそうですが、それでも妹はどうしても行きたいと言い、お墓へ向かいました。
そして、ご先祖様に近況を報告し、手を合わせて帰ってきたそうです。
すると、その後思いもよらない展開が続き、月末までに必要な契約を獲得することができました。
もちろん、偶然だったのかもしれません。
しかし妹は、
「おばあちゃんが力を貸してくれた気がする」
と話していました。
結果として職を失うことなく、その後も元気に仕事を続けています。
私はこの話を聞いた時、お墓参りやご先祖様への感謝の大切さを改めて感じました。
では、運気とは何でしょうか。
私は、宝くじが当たることでも、突然大金が手に入ることでもないと思っています。
本当の運とは、人とのご縁であり、タイミングであり、見えない後押しです。
良い人に出会うこと。
困った時に助けてくれる人が現れること。
そして、ここ一番という場面で勇気を持って一歩を踏み出せること。
あまり書きたくはありませんが、運気の悪い人から遠ざかることも、自分の運を守るうえで大切なことです。
そうしたものこそが本当の意味での運なのではないでしょうか。
先日の父の三十三回忌を通じて、私は改めて、自分一人の力でここまで来たわけではないことを実感しました。
両親がいて、祖父母がいて、そのまた前のご先祖様がいて、今の私があります。
私たちは過去から命のバトンを受け取り、未来へ渡していく存在です。
だからこそ、ご先祖様に感謝する心を忘れずにいたいと思います。
もし最近、運気が下がっていると感じることがあれば、一度ご先祖様のことを思い出してみてください。
お墓参りでも構いません。
仏壇の前でも構いません。
静かな場所で手を合わせるだけでも構いません。
「今日も元気でやっています」
その一言から、運気は少しずつ変わり始めるのかもしれません。
参考過去コラム:生かされていることに感謝する – kozuka.blog

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