“清濁を併せ呑むという事の出来得ない人は
広い世界を狭く活き
調和ある人生を知らず識(し)らず
不調和に陥れる人である“
「叡智のひびき」天風哲人 箴言註釈
中村天風(著) (講談社文庫)

「清濁を併せ呑む」。この言葉は、人間の度量や器の大きさを示す代表的な表現です。清らかなものだけを求め、濁りを排除すれば、心は狭まり、不満や苛立ちに囚われます。反対に、濁りを無条件に受け入れれば、自らを汚し、流されてしまう。中村天風先生が説いたのは、そのどちらにも偏らず、清と濁を同時に受け止め、人生を豊かにする境地ではないでしょうか。
1枚のコインには必ず表と裏があります。表だけを整えて裏を無視したら、そのコインは成立しません。清と濁もまた一体であり、両方が揃って初めて人生の実像となります。これこそが「清濁を併せ呑む」という姿勢の本質です。
この考え方は経営や会計にも通じます。バランスシートは資産と負債の両面が揃ってこそ意味を持ちます。負債だけを見ても、資産だけを切り取っても、会社の姿は映し出されません。損益計算書も同様で、売上や利益の背後には必ずコストや努力があります。従業員を雇い、給料を支払い、研究開発を行い、製品を世に送り出し、広告宣伝をし、営業を積み重ねる。その過程を経て初めて成果が生まれるのです。会議やプレゼンだけでなく、お客様と共に過ごす時間さえも、大切な営業活動の一部に違いありません。
ところが、負債やコストばかりに目を奪われれば全体像を見失い、誤った判断に至ります。人生もまた同じです。清らかな面だけを追い求めても、濁りを恐れて避けても、真実は見えません。清と濁を併せて呑み込むときに初めて、全体が姿を現し、広がりと豊かさが生まれるのです。
人はしばしば、自らの価値観や経験だけに囚われ、広い世界を小さく切り取ってしまいます。そして生じる違和感や不調を「他人のせい」「会社のせい」「社会環境のせい」にしてしまう。気づかぬうちに、自分を窮屈な世界に閉じ込めているのです。ではどうすれば、もっと大きく、長く、豊かに生きられるのか。その鍵は「矛盾や不完全さを、そのまま受け止める力」にあります。
私たちは清らかさの中に安らぎを見いだし、濁りの中に学びを得ます。相反するものを一つに抱え込むとき、世界は広がり、人生は奥行きを増すのです。
(参考コラム:「あなたのお客様は、あなたではない– kozuka.blog)
中村天風先生の説く「清濁を併せ呑む」とは、我慢や妥協ではなく、「狭さから広さへと自分を解放する術」です。清らかさの中に理想を保ち、濁りの中に人間の現実を理解し、どちらも糧とする。その境地に近づくほど、人は心の自由を得て、困難さえ力に変えていけるのだと思います。
最後に、この言葉の大切な点は「併せ」という漢字にあります。「合わせ」は単に寄せ集める意味が強いのに対し、「併せ」は異なるものをそのままにして一体化させる含みがあります。つまり、清らかさも濁りも否定せず、その違いを活かしながら抱き込む姿勢です。その生き方こそ、人としての度量を磨き、自身を成長へと導く大切な道ではないでしょうか。

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