「地元の衰退」に心を痛める私たちへ
地方都市出身の方は、少なからず思い当たるのではないでしょうか。
かつては人通りの多かった商店街が、いまではシャッター通りに。
小学校のクラス数は減り、近所には子どもがほとんどいない。
気づけば、町内会や公園は高齢者ばかり――。
自分のふるさとが、少しずつ色あせていくことに、心のどこかで不安や寂しさを抱えている方は多いはずです。
私もそのひとりです。私は広島市南区の出身で、高校卒業までこの街で育ちました。近年は、実家の周辺でも、確実に賑わいが失われているのを肌で感じています。
そんな私にとって、今月6月13日に訪問した「北広島市」という地名は、どこか親しみを感じるものでした。調べてみると、実はこの街は、明治17年(1884年)に広島県からの集団移住によって開かれた歴史を持つ町であり、「広島村」という名でその一歩を踏み出しました。
広島というルーツを持ち、現在では北海道にあるこの北広島市が、いま、衰退の流れを打ち破るための、大きな挑戦をしているのです。
背水のインフラ投資、人口56,000人のまちが打った“勝負球”
北広島市が挑んだのは、プロ野球・北海道日本ハムファイターズの新本拠地「エスコンフィールド北海道」と、それを核としたFビレッジ構想という都市開発プロジェクト。
このプロジェクトの規模は、人口5万6千の自治体にはあまりに巨大です。
• 新駅整備費:85〜90億円
• 道路や上下水道などのインフラ整備:約200億円
市の年間一般会計予算は約300億円。
( 財政・予算決算関係 令和7年度 | 北海道北広島市 )
その中でこの規模の投資は、まさに背水の陣と言っていいでしょう。しかも、スタジアム本体(建設費600億円)は球団と民間資本が負担し、市は“都市としての器づくり”に徹する形で関与しています。
この挑戦は、単なる野球場の建設ではなく、町の未来をかけた再設計なのです。
「確実な衰退」か「不確実な成長」か
市が狙うリターンは明快です。
• 観光・商業・雇用を生む「交流人口の拡大」
• 地価やブランド価値の上昇
• 税収の回復(固定資産税・法人税など)
もちろん不安もあるはずです。年間200万人の観客動員が想定通りに続く保証はありませんし、優遇税制の10年間が過ぎて、本格的な財政効果が表れるのは、もっと先かもしれません。
けれど、北広島市は言わばこう宣言しているのです。
「確実に衰退していく未来を、ただ受け入れる気はない。不確実でも、成長の芽に賭けたい。」
これは、縮小を運命づけられた地方都市にとって、ひとつの勇気ある姿勢だと思います。
リスクを取れるかどうかが、時代の分かれ道
今の時代、自治体も企業と同じように、「守り」だけでは立ちゆかなくなっています。むしろ、どこかで覚悟を決めてリスクを取ることができるかどうかが、将来の明暗を分けていくのではないでしょうか。
北広島市の決断には、「税金の無駄遣いだ」といった批判がないわけではありません。けれど、私はこのリスクテイクをむしろ歓迎したいと思います。なぜなら、自治体が未来に投資することを躊躇する社会に、希望はないと思うからです。
広島人気質と“尖った挑戦”の遺伝子
私はこの挑戦の姿に、どこか広島らしさを感じてもいます。
広島は、池田勇人氏や宮澤喜一氏、岸田文雄氏をはじめとする歴代の首相や大物政治家を多く輩出した政治の土壌であり、読者の皆様にもファンがいると思いますが、音楽の世界でも矢沢永吉、奥田民生、Perfumeといった“尖った”才能が育つ土地でもあります。
その精神は、ひとことで言えば「一発勝負に強い」気質なのかもしれません。そんな広島の血を引く北広島市が、今まさに地方再生という一発勝負に挑んでいる。その姿勢には、やはりどこか惹かれてしまうのです。
結びに――成功してほしいから、声援を送りたい
この北広島市の大勝負が、10年後、20年後にどう評価されるのかはわかりません。ただ、私は願っています。この挑戦が報われて、ふるさとのような地方都市にも希望の光が差す未来が来ることを。
だからこそ私は、この挑戦に声援を送りたいと思います。
地方が挑戦できる社会に、私たち自身も「拍手を送る覚悟」を持ちたいのです。
過去参考コラム:「努力は一生、本番は一回、チャンスは一瞬」——エスコンフィールド(読了目安時間 6分) – kozuka.blog

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