先日、広島の実家で母を車に乗せて買い物へ向かっていたときのこと。
車内でふと、母がこんな言葉を漏らしました。
「日産は、なんであんなふうになっちゃったんだろうね。昔は本当に憧れだったのに。60年以上前、マツダには、キャロルしかなかった。日産の車は格好よくて、別世界みたいだったわ」
その言葉には、少し寂しさが滲んでいました。
母は高校卒業後、数年だけ地元のマツダで働いていました。父もまた、大学を出てマツダに勤め、そこで母と出会いました。
だからこそ、同じ自動車業界であった日産の車に対して、どこか特別な想いがあったのかもしれません。
同じ“つくる側”にいた人間として、敬意と羨望が入り混じった感情を、長く抱き続けていたのだと思います。
<憧れの車を創っていた日産>
日産の名前を聞くと、私の頭にも自然と浮かんでくる車があります。
スカイライン、フェアレディZ、シルビア。
それらは、私が学生だった頃、20代30代の若者にとって間違いなく“夢の車”でした。
街で見かけるたびに心が躍り、「いつかはあのハンドルを握りたい」と、ただ見とれていたあの頃。
日産は、そんな“憧れ”をつくれる会社だったのです。
<数字と感性>
でも、いまの私は――
仕事で地方を訪れるたびに、日産レンタカーでノートe-POWERを借りています。操作性もよく、燃費もよく、安全装備も充実していて、機能面ではまったく不満はありません。
それでも、ふと考えてしまうのです。
「この車に、あの頃のようなワクワク感はあるだろうか」
「“いつかは乗りたい”と思わせるような存在感はあるのだろうか」と。
数字の上では優秀な車。けれど、心が動くかどうかは、別の話です。
<原因と結果>
日産はなぜ、そんなふうに変わってしまったのでしょうか。
1999年、カルロス・ゴーン氏が社長に就任して以来、日産は劇的な改革を進めました。
大規模なリストラ、工場の閉鎖、下請け企業へのコストダウンの圧力――
確かにその結果、日産は黒字を回復し、「奇跡の復活」と讃えられました。
けれど、それは本当に“夢”を生み出す経営だったのでしょうか?
コストカットは、企業が健全でいるための“手段”にすぎません。
それが“目的”になってしまった瞬間から、ものづくりは変質します。
<企業の本質>
本来、企業の使命は、「新しい価値を生み出すこと」。
誰かの人生を少しでも豊かにし、社会に喜びを届けることのはずです。
かつてのスカイラインやフェアレディZには、ただの移動手段を超えた魅力がありました。
“自由”を感じさせ、“自分らしさ”を表現できる、そんな力が宿っていたのです。
その背景には、技術やデザインはもちろん、「いいものをつくりたい」という人々の情熱と、時間と手間を惜しまぬ現場のこだわりがありました。
けれど、効率最優先、コスト削減一辺倒の経営が続けば、そうした“見えない価値”は少しずつ失われていきます。
人は育たず、パートナーとの信頼関係は薄れ、気づけば土壌そのものが痩せてしまう――。
日産が本当の意味で再生するためには、あの頃のように「誰かにとっての夢」になれる車を、もう一度生み出すことが必要ではないでしょうか。
数字では測れない、“心を動かすもの”。
誰かの人生に寄り添い、「この車と一緒に、どこかへ行きたい」と思わせる存在。
それは、単なる商品ではなく、企業がどんな未来を信じているかを映す鏡でもあるのです。
今の時代だからこそ、私は願います。
日産が、かつてのように“夢を届ける会社”に戻ってくれることを。

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