私が代表を務める会社は2月末が決算期のため、株主総会が開かれるこの時期には、役員を含めた人事異動が多く発生します。
では、人事異動はなぜ必要なのでしょうか。
ひとつの理由は、「属人化の防止」です。長年、同じ人物が同じ業務を続けていると、情報がその人に集中し、周囲と共有されにくくなります。営業部門であれば特定の顧客との癒着、購買部門であれば委託業者との癒着によるキックバックや水増し請求など、不正の温床となるリスクが高まるのです。人事異動には、こうした組織的リスクを未然に防ぐという重要な役割があります。
しかし、私はそれ以上に、人事異動には“本人の成長を促す”という側面が大きいと考えています。
外山滋比古氏の著書『こうやって、考える。』(PHP文庫)の第三章「思考力を高める方法」には、こんな一節があります。
「知識に甘えない」
知識は有力であり、適切に使えば力になる。しかし困ったことに、知識が増えると人は自分で考えることをしなくなる。知識があれば、わざわざ考えるまでもなく、借りものの知恵で物事を処理できてしまう。知識が豊富であればあるほど、かえって思考力は働かなくなる傾向がある。極端に言えば、知識の量に反比例して思考力は低下するといってもよいだろう。まさに“マイナスのプラス”である。

この言葉が示すとおり、長年同じ仕事に携わっていると、業務知識は蓄積されますが、その反面、既存の知識で処理しようとするあまり、自分で考える力――すなわち「思考力」が衰えていくのです。それは、本人にとって大きなマイナスであると私は感じています。
一方で、新しい職場や新しい業務に就いたとき、人は自然と考えるようになります。
「どうすれば早く覚えられるだろうか」「この作業は本当に必要か?」「もっと効率的なやり方はないか?」――こうした問いが、自然と頭をよぎるようになります。
このプロセスこそが、成長の原動力です。
人は、環境が変わった瞬間に“思考のスイッチ”が入ります。異動によってこれまでの常識が通用しない状況に直面すると、「なぜこの業務が必要なのか」「どうすればもっと良くなるのか」といった根源的な問いが湧き上がります。そのときの思考の深さと密度は、数年分の経験に匹敵するほどの価値があると私は考えています。
だからこそ、人事異動は“リセット”ではなく、“再起動”のチャンスです。
もちろん、不安がないわけではありません。「自分に務まるだろうか」「失敗したらどうしよう」――そんな思いを抱くのも当然です。しかし、まさにその不安こそが、成長の入り口です。現状に甘んじて漫然と業務をこなす日々から、自ら考え、工夫し、挑戦する日々へと変わる。その転換こそが、本人にも会社にも、新たな価値をもたらします。
最後に、私の好きな言葉を紹介して、この稿を締めくくりたいと思います。
「人間は環境の子である。しかし、それに流されるのではなく、自らを更新し続ける者こそが、真に自由な存在である。」
異動を迎えようとしている皆さんへ。どうかこの機会を、自分自身を“更新”するための好機ととらえ、前向きに歩んでいただければと思います。

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