「その人の人生を、信じて見守るということ」

先週、ある知人から家族に関する深刻な相談を受けました。
(今回のコラムは、以前ご紹介した「課題の分離(アドラー心理学)」についての記事の続編としてご覧いただければと思います → アドラー心理学における「課題の分離」 – kozuka.blog
話を聞くと、年の離れた中学生の弟さんが不登校になり、学校へ行けない日々が続いているとのこと。さらに、ゲームのプリペイドカードを買うために、家のお金を勝手に持ち出してしまったというのです。
家族として、どのように接すればよいのか悩んでいる様子でした。
私自身も、かつて次男が中学校で不登校になった経験があります。不安や焦り、どうすれば良いかわからないという葛藤の中で、心を砕いた日々を思い出しました。だからこそ、その方の気持ちには深く共感できました。
ただ同時に、当時の私が学んだ大切な視点もあると感じ、アドラー心理学の「課題の分離」に関する書籍を紹介しました。
そしてもう一冊、私が尊敬してやまない斎藤一人さんの著書『斎藤一人の 自分を生きる極意』も紹介しました。表現こそ異なりますが、根底に流れる考え方はアドラーと非常に近く、むしろ日本人の感性により自然に響くかもしれません。

斎藤一人さんはこう語っています。

「人は魂を磨くためにこの世に生まれてくる。そして、魂が成長するにつれ、それにふさわしい“修行”が与えられる」。
その修行の一つが、「他人の問題を自分の問題にしないこと」。つまり、「その人の人生を、信じて見守ること」なのです。
たとえば、ギャンブル依存や借金を抱えた家族がいたとき、助けてあげたいと思うのは自然な感情です。しかし、そこで安易に肩代わりしたり、本人の代わりに問題を解決しようとするのは、時に本人の「学びの機会」を奪うことにもなります。
それは冷たい態度ではありません。むしろ、深い愛情に根ざした行動です。
大切な人が困難を経験しているときこそ、「その人が、自らの力で乗り越える力を信じる」——それこそが、本当の意味での「見守る」ということではないでしょうか。

斎藤一人さんは、著書の中でさらにこう述べています。

「借金をしている本人がなにも変わらなければ、さらなる問題が出てくる。一時しのぎの肩代わりでは、根本的な解決にならないんです。借金は、つくった本人の問題であり、あなたの問題ではありません。あなたが責任を負うべきことじゃないの。だから、どんなに大切な相手でも、一緒になって『どうしよう』『困った、困った』なんて悩んじゃダメなんです」

これはまさに、アドラー心理学の核心と重なります。
「課題の分離」とは、自分の課題と他者の課題を明確に区別し、それぞれの人生に責任を持たせるという考え方です。相手の課題に立ち入りすぎないこと。それが、健全な人間関係を築くために非常に大切なのです。
そして、斎藤一人さんの語る「魂の修行」や「見守る愛」は、このアドラー的な考え方に、よりあたたかく、情緒的な日本語の表現を加えたものに感じられます。
「助けすぎない勇気」や「信じて手放す強さ」は、時として苦渋の選択です。しかし、長い目で見れば、それが相手の人生にとって最も意味のあるサポートになると、私は信じています。

もし、家族や職場で人間関係に悩むことがあれば、ぜひ以下の2冊を手に取ってみてください。
それぞれの異なる語り口から、きっと新たな気づきが得られると思います。
『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』 岸見一郎・古賀史健 著
『斎藤一人の 自分を生きる極意』 斎藤一人 著
「自分の人生を生きる」ためのヒントは、きっとそこにあります。

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