人と違った経験こそ、最大の財産

私の知人のお子さん、小学校4年生の女の子が、担任の先生が “良し” とする行動ができず、現在、保健室で自習をする毎日です。そういう境遇の小学生に、人と違った経験をすることは、決して無駄ではないし、むしろそういう境遇を糧として成功した人が、数多くいることを伝えたいので、このコラムを通じて、みなさん、特にお子様がいる読者の方には、教育を考えるきっかけにしていただけたら、嬉しく思います。

1.学校での学習に馴染めず、成功した偉人たち

  • トーマス・エジソン
    エジソンは、学校の伝統的な学習方法になじめず、正式な学校教育をわずか3か月で終えました。彼は教師から「学ぶことができない」と評されたため、その後の教育は母親による家庭学習に切り替えられました。母親は元教師で、エジソンの好奇心を理解し、彼の学びを支援しました。学校を離れたエジソンは独学で多くの実験を行い、その後、偉大な発明家として後世に名を残すことになります。
  • アルバート・アインシュタイン
    アインシュタインは、学校の厳格な規則と伝統的な教育スタイルに適応するのが難しいと感じていました。彼は特に初期の学校生活で苦労し、一部では言葉の遅れや学習障害があったとも言われています。しかし、この困難にもかかわらず、アインシュタインは独学で物理学を学び、その後、相対性理論を含む革命的な科学的業績を達成しました。

この二人の偉人に共通している点は、教育システムは全ての人に適しているわけではなく、個々のニーズに合わせた学習方法が重要であることを示している典型的な例です。

2.私が好きなミュージシャンにも、不登校やいじめをエネルギーとして成功した人たちもいます。

  • 椎名林檎
    椎名林檎は中学時代に不登校になりました。この時期は彼女にとって個人的な困難と挑戦の時期であり、家庭の事情や学校生活での問題が影響していたとされます。
    不登校期間中、椎名林檎は音楽への情熱を深め、自己表現の手段として音楽を探求しました。彼女はこの時期を通じて、音楽における自身のスタイルとアイデンティティを確立し始めました。音楽を通じて自己表現を行うことは、彼女にとって自己理解と成長の手段となり、後の音楽活動の基盤を築くことになります。
    その後、椎名林檎は音楽界で成功を収め、彼女独特の音楽スタイルとパフォーマンスで知られるようになりました。彼女の経歴は、困難な状況を乗り越え、自己実現を果たすことの可能性を示しています。
  • SEKAI NO OWARI / Fukase(深瀬慧)
    Fukase(深瀬慧)は中学時代に不登校を経験し、この時期に精神的な問題に苦しんでいました。この困難な時期を乗り越え、音楽に救いを見出し、後にSEKAI NO OWARIを結成しました。彼の不登校の経験は、彼の音楽キャリアにおいて大きな影響を与え、彼の歌詞や音楽スタイルに深く反映されています。この経験を通じて、Fukaseは多くの人々に感銘を与えるアーティストとして成長しました。

3.学校教育の成果と実社会の成果はなぜ一致しないのか?
一言で言えば、求められることが違う、場合によっては真逆であるからです。


学校では、先生の指示に従って作業をこなすことが評価の基準となります。しかし、実社会では、状況は大きく異なります。新社会人としては、初めは指示に従うことも必要ですが、やがては「指示待ち」ではなく、自分で仮説や計画を立て、主体的かつ能動的に行動することが求められます。これは学校では教えられない、場合によっては禁止されている行動様式ですが、社会では高く評価されることが多いのです。

成功者たちを例に挙げると、彼らは他の生徒と異なり、学校に馴染めなかったケースが多いです。しかし、これは彼らが、能力が低いからではなく、むしろ高い能力を持っている証拠です。学校の教育システムに馴染めないことは、子どもの能力や可能性とは無関係であることを、親や教育関係者は理解する必要があります。学校での成績と実社会での成果が必ずしも一致しない理由は、求められるスキルや行動様式が異なるためです。

子どもが学校に馴染めない、もしくは不登校で悩んでいる親御さん、どうか、お子さんの能力と可能性を信じてあげてください。ここは親御さんの忍耐力の見せ所です。
一方、進学校、有名大学に進学したお子さんを持つ親御さん、どうか、お子さんには、学校の成果と社会の成果は一致しないので、高校、大学を卒業するまでに、社会では学校とは違う発想、考え方、行動様式が求められることを理解させてあげてください。

<ここからはお時間あれば>
最後に、私がSEKAI NO OWARIの中で本コラムの補足にピッタリの歌詞がありますので、紹介します。この歌詞を聴いたときは衝撃的でした。
Fukaseさん、頭いいし、哲学だなと感じた1曲です。赤字は好きなフレーズです。

天使と悪魔 / SEKAI NO OWARI
https://www.youtube.com/watch?v=hVFY4Yvv3ho

<歌詞>
「いじめは正義だから 悪をこらしめているんだぞ」
そんな風に子供に教えたのは僕らなんだよ

大人VS大人の正解・不正解のバトル
TVで子供らに教える「ダレが “間違って” るか」
正義のヒーローは悪党を倒すものだと
子供はTVをみて思う「悪は滅ぼさなきゃね」

もし僕が正しくて君らが間違いなら
僕らは戦う運命にあるの?
僕らはいつも「答」で戦うけど

2つあって初めて「答」なんだよ

悪魔と天使の世界で あちらが正しいとか
こちらが間違ってるとか解らないんだ
「悪魔と天使」 僕らがどちらなのかなんてさ
解るはずもなければ解りたくもない

正義が支配する最悪な世界ではマジョリティーこそが
「正しい」とみんな「間違える」?
「正義」を生み出した 神様 聞こえていますか
あんなものを生み出したから みんな争うんだよ

戦うべき「悪」は自分の中にいるんだと
「世界」のせいにしちゃダメだと僕はそう思ったんだ

何かを変えるってことは自分自身を変えるということと
ほとんど同じなんだよ
「僕ら」が変わるってことは「世界」を変えるということと
ほとんど同じなんだよ

悪魔と天使の世界でこちらが正しいとか
あちらが間違ってるとか解らないんだ

「賛成」と「反対」の間に「答」が生まれればいい 
正しさを主張するだけじゃ「答」じゃないんだ

否定を否定するという僕の最大の矛盾は
僕の言葉 全てデタラメだってことになんのかな

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