クレディ・スイスAT1債が残した課題

3月19日、経営不安のあったクレディ・スイスを同国金融最大手のUBSが、スイス政府と金融当局の仲介により、買収することを決めました。
米国では、3月10日、シリコンバレーバンクが経営破綻に追い込まれ、世界金融危機が危惧される中、クレディ・スイスの破綻が、買収により回避されたことは、世界中の金融業界、経済界から歓迎されたものの、スイス政府並びにスイス金融当局が深く関与したこの買収劇は、将来に大きな課題を残すこととなりました。

それが、AT1債の価値がゼロとなった問題です。
銀行の資本構成が、国際金融ルールの中で、どのような構造になっているのか、図にしましたので、ご覧ください。
左の数字は、銀行が破綻、もしくは破綻に近い状態になった時、お金を返還していく順番です。

<図1>

クレディ・スイスの株主は、買収前のクレディ・スイス株価の約40%の価値で、UBSの株式を受け取ります。確かに、60%を一晩で失うわけですから、大きな損失です。
しかしながら、本来、経営破綻した場合、最も損失が大きい株主(普通株式保有者)よりも、損をした投資家がいるのが、この買収の大きな問題点です。
クレディ・スイスは、スイス金融市場監督局(FINMA)の指示に従い、約160億スイスフランのAT1債の価値をゼロにすること、つまり、クレディ・スイスのAT1債の保有者全員が100%の損失に直面することになりました。

AT1債は損失吸収のリスク=経営状態が悪くなった場合、元本が保証されないリスクを含んでいます。発行銀行の自己資本比率が一定水準を下回った場合(客観的条件)、あるいは監督官庁が銀行の経営継続が不可能と判断した場合(当局の裁量)、トリガーポイント(破綻時もしくは実質的破綻)に達し、債券保有者は投資損失を負担する必要があります。今回、クレディ・スイスのAT1債の元本評価損は、スイス規制当局の判断に基づき、裁量権を行使したトリガーでした。
AT1債は、債券発行体への追加的な保護を目的とした発行(限りなく株式に近い)であるため、本質的にリスクが高い債券です。従って、銀行に問題が生じた場合には、元本割れが発生することが予想されます。

<図2:クレディ・スイスAT1債のケース>

この案件で議論すべきなのは、株式と債券の資金返還の優先順位です。
定義上、普通株式はCET1(Common Equity Tier 1)資本であり、元本評価損の対象となる永久債はAT1(Additional Tier 1)資本です。どちらも銀行が損失を吸収するのに役立つはずであり、清算の際の資金返還は、普通株式はAT1債よりも優先順位が低くなるはずです。そのため、多くの投資家は、AT1債が損失を吸収し始める前に、普通株式の価値が希釈されるか、あるいは単純にほぼゼロになるはずだと考えています。
しかし、この2つの金融商品には、損失を吸収する方法が異なります。CET1資本(普通株式と利益剰余金)は銀行の損失発生に伴い継続的に減少しますが、AT1債は規制当局が必要と判断された場合に直接元本を評価損として計上します。規制上の観点から、AT1債は破産清算の際に、普通株式より優先順位が高くなるだけですが、当然、清算時にお金を返還される順位は、普通株式より上位のはずです。にもかかわらず、普通株式保有者は、多額の損失は被ったものの、UBSの株式を受け取るので、元本全てを失ったわけではありません。

今回のもう一つの論点は、メカニカル・トリガー有効性についてです。メカニカル・トリガーとはある一定の客観的条件に抵触した場合、元本を削減するというものです。クレディ・スイスのCET1自己資本比率は2022年12月末で14.1%であり、メカニカル・トリガーの基準値である7%を大きく上回っていました。今年に入り、クレディ・スイスは最新の自己資本比率を開示していませんでしたが、規制当局は、メカニカル・トリガーの基準値に関する説明はないまま、裁量権行使によりAT1債をすべて無価値にすることを決定しました。

金融規制当局の行動には、大銀行の破綻を防ぐためなら何でもするという姿勢が明確に反映されており、今後、他の銀行も経営危機に陥れば、金融規制当局は損失吸収型の裁量権行使を自由に活用し、AT1債の投資家には、“ハイリスクを承知で投資してくださいよ”というメッセージにも見えます。

スイス連邦行政裁判所は4月26日、投資家がクレディ・スイス・グループの劣後債「AT1債」を無価値と判断したスイス金融市場監査局(FINMA)を相手取って同裁判所に起こした訴訟が、これまでに数百件に達していると明らかにしました。
報道機関によれば、近く日本の投資家が世界銀行傘下の投資紛争解決国際センター(ICSID)または国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)にスイス政府との仲裁を申し立てると報じており、AT1債が残した課題を解決するには、相当な時間がかかる見込みです。

4月20日、青山学院大陸上競技部の原晋監督が出演したネット番組『ABEMAヒルズ』で、少しずつ貯めたお金をクレディ・スイスAT1債に投資していたが、一瞬で紙切れになったことを明かしていました。
https://times.abema.tv/articles/-/10076242

しかしながら、自分が買った債券が上記図のどこに位置するものなのか?理解していたのでしょうか?もしくは、販売した証券会社は、どこに位置する債券なのか?説明していたのでしょうか?
皆さんも、わかりにくい金融商品に投資する際は、十分な調査を独自で行うことをお勧めします。

更にAT1債を勉強したい方は、こちらが良くまとまっていますので、読んでみてください。
広報誌「ファイナンス」 (mof.go.jp)

archives

  • 2026 (37)
  • 2025 (52)
  • 2024 (51)
  • 2023 (47)
  • 2022 (52)
  • 2021 (60)

Latest Posts


投稿日

カテゴリー:

投稿者:

タグ:

コメント

コメントを残す

kozuka.blogをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む