2025年の幕開けとともに大きなニュースが飛び込んできました。バイデン大統領は日本製鉄によるUSスチールの買収を国家安全保障の観点から拒否する決定を発表しました。日本製鉄の提案は、USスチールのEBITDA※の約7年分(2兆円÷2850億円≈7)に相当する額であり、雇用の確保、新たな設備投資、各ステークホルダー並びに規制当局への配慮を含む包括的な対策が盛り込まれていました。
詳細については、同社ホームページの説明会資料(26~31ページ)をご参照ください。
https://www.nipponsteel.com/ir/library/pdf/20240509_500.pdf
これはUSスチールにとって非常に好条件であり、日本製鉄の技術力や資本力を生かした双方にとって利益をもたらす買収となるはずでした。
日本製鉄によるUSスチール買収の背景
1.断トツの収益力
日本製鉄は、世界の鉄鋼大手の中でも際立った収益力を誇る企業です。2023年の同社の営業利益率は8.8%(出典:2023年日本製鉄決算報告書)であり、これは鉄鋼業界では異例の高さです。一方、アセロール・ミッタル(世界最大の鉄鋼メーカー)の営業利益率は約4.95%(出典:2023年アセロール・ミッタル財務報告書)、USスチールは5.4%(出典:2023年USスチール財務報告書)にとどまっています。この比較からも、日本製鉄の高い収益性と効率性が際立っています。
同社の強みは、コスト管理の巧みさと高付加価値製品の製造にあります。この収益力を背景に、日本製鉄は市場規模の拡大と顧客基盤の強化を目指し、戦略的にUSスチールの買収を計画しました。
2.中国市場からの撤退
2024年、日本製鉄は中国の宝山鉄鋼との合作事業からの撤退を発表しました。この決定の背景には、中国鉄鋼業界の過剰生産能力や需要の減少による激しい価格競争がありました。特に、中国の不動産バブルの崩壊が市場に深刻な影響を与えており、需要の回復には長期間を要すると予想されています。
この動きは、日本製鉄が長期的な視点で不安定な中国市場から撤退し、安定した市場や成長可能性のある市場への集中を図る重要な転換点となりました。
3.企業価値向上への取り組み
日本製鉄は収益力が高いにもかかわらず、株式市場での評価は必ずしも高くありません。同社のPBR(株価純資産倍率)は1倍を大きく割り込む0.62、PER(株価収益率)も予想で約10倍にとどまっています。一方で、米国のニューコアやインドのJSWスチールは市場の成長期待が高く、株式時価総額で日本製鉄を上回る評価を受けています。
そのため、日本製鉄は株式時価総額=企業価値を向上させるための新たな一手として、USスチールの持つ市場プレゼンスや顧客基盤とのシナジーを追求しました。USスチールは現時点では収益力が低いものの、長年培った顧客基盤と市場プレゼンスを有しており、日本製鉄の技術と組み合わせることで大きな成長が見込まれると考えられました。
<拒否された要因>
バイデン大統領の決定には主に以下の要因が挙げられると考えられます。
- 国家安全保障の懸念:USスチールは、経済的な重要性に加え、国家安全保障に関わるサプライチェーンの一部として認識されています。経営権の移転が、米国の戦略的産業に与える潜在的なリスクが懸念されました。
- 労働組合からの反発:全米鉄鋼労働組合(USW)は、日本製鉄による買収が米国内の雇用や労働条件に悪影響を及ぼす可能性があるとして反対しました。
- 地政学的な配慮:米国は近年、外国資本による戦略産業の買収に対し慎重な姿勢を取っています。
結び
米国は純粋資本主義から政府主導の資本主義へ
今回の日本製鉄によるUSスチール買収が阻止されたことは、日本製鉄にとって痛手である一方で、戦略を再考し、今後の成長戦略を見直す契機ともなり得ます。また、このケースは国際的なM&Aにおける国家政策、つまり政治リスクの影響力を改めて浮き彫りにしました。
さらに注目すべきは、米国が純粋資本主義から政府主導の資本主義へ移行しつつある兆候です。2024年にはGoogleの検索サービスが独占状態にあると認定された訴訟を受け、米司法省が独占解消に向けた措置を連邦裁判所に提出したほか、同年11月には是正案も提出されています。この動きは、経済自由市場の中で国家が果たす役割が変化している可能性を示唆しています。
過去参考コラム:独占と競争—市場構造が企業利益に与える影響 – kozuka.blog
今回の事例は、国際的なビジネス環境における変化とリスクを理解し、柔軟に対応する必要性を改めて教えてくれるものと言えるでしょう。
<株式投資を始める方へ>
EBITDAを覚えておこう!
※EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization)は、企業の収益力を測るための指標で、日本語では「利払い前・税引前・減価償却前利益」と訳されます。この指標は、企業が本業でどれだけ効率よく利益を生み出しているかを表すものです。
主な特徴と用途
▶ 収益力の純粋な評価:EBITDAは、企業が本業(営業活動)で稼いでいるキャッシュフローの指標として使われます。これにより、経営者の実力やビジネスモデルの強さを評価しやすくなります。
▶ 国際比較やM&Aに便利:税金や資本構成の影響を排除するため、異なる業界や国に属する企業を比較する際に役立ちます。特にM&A(合併・買収)の場面では、買収候補の収益力を簡便に測る指標として使われます。
▶ キャッシュフローとの関連:EBITDAはキャッシュフロー(現金収入)に近い数字として理解されますが、正確には一致しません。営業活動で生み出した現金の潜在力を把握するための一つの目安です。
注意点
▶ 固定資産投資が多い業界では不十分:減価償却費を除外するため、固定資産の購入や老朽化に伴う影響を正確に反映しません。そのため、鉄鋼業や製造業のように設備投資が多い業界では、他の指標と併用することが重要です。
▶ 借入金の影響を排除:利息を考慮しないため、財務体質が悪化していてもEBITDAだけでは気づけない場合があります。
日本製鉄の場合:今回のUSスチール買収の背景では、EBITDAが双方の企業比較や買収の妥当性を測る際に使用された可能性があります。日本製鉄は収益力が高い企業であり、USスチールのEBITDAに基づく価値評価が割高であったとしても、将来的なシナジー効果を見込んで妥当性があると判断していたと考えられます。

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