みずほ銀行システム障害の根本原因

みずほ銀行で先々週8月20日(金)、今年5度目となるシステム障害が起き、先週23日(月)には東京や大阪などでATM=現金自動預け払い機合わせて130台が使えなくなるトラブルが起きました。

私見ですが、みずほフィナンシャルグループの根本的なシステムトラブルの原因は、3行(第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行)統合時点のシステム選定にあったと考えています。

「みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史」(日経コンピュータ、2020年4月)に端的に表現しているページがありましたので、抜粋、引用します。

「みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史」抜粋

“しかもやっかいなことに議論を詰めていくと、富士銀の勘定系システムのほうが、第一勧銀より優れていることが分かってきた。一番大きいのは、店舗の業務の合理化について富士銀のほうが進んでいたことである。一説によると、富士銀の店舗にいる事務員を十人とすると、第一勧銀の店舗は十三人の人手をかけていた。一日の締めをする処理についても、富士銀のほうは取引単位に処理を完結できた。つまり、一件の取引をするたびに、お金の入りと出が合うようになっていた。これに対し、第一勧銀の勘定系は業務終了後に、その日の取引を締める処理が必要だった。
 富士銀の勘定系システムには、一枚の伝票に記入するだけで一括して窓口処理ができる機能もあった。1999年に議論していた段階では、富士銀の勘定系だけが二十四時間、連続稼働ができた。
 インターネット証券取引など電子商取引についても、富士銀の勘定系システムはすぐに対応できる仕組みが、普通預金口座の中に備えてあった。すでに富士銀がインターネット証券会社と提携して提供しているサービスを継続するには、第一勧銀の勘定系にこうした機能を追加しなければならない。
 複数の関係者によれば、最終的には、「富士銀の勘定系システムのほうが第一勧銀より一年半は進んでいる」という認識がなされ、議事録にも記載されたという。“

私はみずほ銀行が統合する3カ月前、2001年12月末に旧富士銀行を退職しました。退職後、2003年くらいに、旧富士銀行本店から内幸町の旧第一勧業銀行本店に異動した一般職の女性行員と話をする機会があり、その時、彼女が話をしてくれた内容を未だに鮮明に記憶しています。

「ここ(旧第一勧業銀行本店)に来てびっくり。私が入行した時(確か1989年入行)使っていたシステムのレベルだよ。信じられないほど画面展開が遅いし、機能も少ない。10年前に戻った感じ」

銀行の事務方の一般職女性は、伝票の数にかかわらず、毎日決められた時間内に全伝票の入力を完了しなくてはならない業務が多く、システムの出来不出来は、極めて深刻な問題です。このような意見は、当時の私の元上司や同僚に聞いてもわからないことですが、一般職の女性は、毎日の日常業務で使う時間が多いので、非常によくわかっているのです。

みずほのシステム構造をわかりやすく表現すると、iPhoneの機能を10年前のガラケーに詰め込もうとしたのと同じです。要するに速度が速く、機能が多い機種で動いていたアプリを、処理速度が遅く、少ない機能しか使えない機種でそのアプリを使おうとした点です。

では、なぜそのようなことをする必要があったのか?

ここからはあくまでも推測ですが、旧第一勧業銀行のメインシステムベンダーは富士通、旧富士銀行のメインシステムベンダーはIBM。IBMは言わずと知れた米国本社の会社で、仮にみずほ銀行のシステム開発、メンテナンスの業務が減っても本体が潰れることはない。一方、富士通はドル箱であったNTTから受注していた電話交換機をはじめとするハードウェア売上が、ルーター(※)をはじめとする安価なテクノロジー製品の出現で、売上減少に歯止めがかからない状況でありました。NTT向け売上減少に加え、みずほ銀行のシステム事業を失ったら、会社としての存続が難しい状況であったことは容易に想像がつきます。そこで、国内企業を下支えする意味で、富士通を選ばなくてはならなかったのでしょう。
(注釈:システムベンダーは、発注者の予算と意向で開発を進めますので、富士通の技術力が遅れていたのではなく、発注者である旧第一勧業銀行側の問題の方が大きいように思われます。)

みずほ発足にあたって3行統合発表当時、3行のトップは口を揃えて、今後の金融事業にはITが重要であることを幾度となく発言していました。しかし、肝心のシステム選定は、技術力や現場の使いやすさではなく、いわゆる政治的な判断で決めるという、矛盾した判断こそが、統合後、何度も起こるシステム障害の原因であると推測します。

※電話は1950年代でも市外通話は交換手が手動で電話を繋いでおり、市外通話を含むすべての通話が自動交換機によって自動化したのは1970年代後半です。その後約20年は、自動交換機の性能アップで対応しますが、1990年代後半からはIP電話が主流となり、1台億円規模だった自動交換機は1台100万円ほどのルーターに役割を奪われました。
参考URL:https://business.ntt-east.co.jp/content/nw_system/01.html

「みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史」では前述の通り、「富士銀の勘定系システムのほうが第一勧銀より一年半は進んでいる」と議事録に記載されたと書かれており、私の旧知の女性は「10年前に戻った」と表現しています。
変化の激しいテクノロジー業界で一年半という時間は、もはや追い付くことができないくらいの差であることを理解した人が少なかった、あるいは理解した人に決定権が無かったことが、後々の大問題を引き起こしたのではないかと思います。

もし、システム会社を活かすための選定であったとすれば、みずほ銀行は銀行として支払った代償(システムトラブルによる信用低下、決済口座の移し替え、客離れ)はあまりに大き過ぎるものであったと言えます。

今、皆さんが使っているアプリはスムーズに動くことが前提です。それは、アプリ開発者が利用者の視点で創るから、支持されるアプリになっているはずです。

当社は小体ながら、開発した医療経営システムAPOLLOは徹底したユーザー目線で開発したため、大変数多くの引き合いを頂ける状態となりました。
当社は現場の使いやすさとテクノロジーの進化の最適な接点をシステムに注入し、先見性と柔軟性では、どこ会社にも負けない優位性を追求して参ります。

あとがき:退職のきっかけ(よく聞かれる質問なので)

みずほ統合のプロセスは、1999年8月に統合が発表され、2002年4月の発足まで約2年8カ月の移行期間がありました。統合はやや変則的で、国内の正式統合に先立ち、海外拠点の統合を進めるもので、私が在籍していたスイス富士銀行(銀行という名称ですが、実質的には証券現地法人)はスイス第一勧業銀行、スイス興銀と統合しました。どの銀行も在籍人数が20~30名程度という小さい拠点ながら、実際の統合作業を経験しました。しかしながら、20~30名規模の3拠点が統合するだけでも、業務プロセスの違い、専門知識の差により、想像以上に時間がかかる作業でしたので、これは大変な10年いや15年になると思い、退職を決断しました。

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